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talking place MINOWA GENTAインタビュー:〈前編〉 ─DJカルチャーからの英知、そして〈Zero〉の系譜を引き継ぐ
レコード店/レーベル〈GLOCAL RECORDS〉─

talking place#17
with Genta Minowa

MINOWA GENTA(GLOCAL RECORDS)

2011年5月、東京・原宿にレコードショップ「GLOCAL RECORDS」をオープン。ブレイクビーツ、テクノ、ハウスを軸に、レゲエやワールドミュージックまでジャンルを横断。音楽のルーツを意識しながら、独自の視点でセレクトした中古盤を中心に展開している。レーベル部門では、Loop Diary、Mamazu、Akio Nagase + 稲嶺幸乃、GEZAN with Million Wish Collectiveなど、ジャンルを越境するアーティストの作品をリリース。現場感覚と批評性を併せ持つスタンスで、独自のアプローチを続けている。2026年2月には、杉並区・下井草にレコードショップ「れこーど三輪社」をオープン。ショップ運営とレーベル活動の両軸から、音楽文化の現在地を提示している。

渋谷とも原宿とも言えないエリア、明治通りから住宅街へと入り、とあるビルの3階にその店はある。細長い店内には主に1990年代から2000年代にかけてのブレイクビーツやトリップホップ、テクノ、ジャングルといったクラブ・ミュージックのレコードが所狭しと並んでいる(もちろんそれ以外もある)。さまざまなジャンルを横断する品揃えだが、特にそのフィーリングはブレイクビーツのグルーヴとダブのヘヴィーなベースライン、そしてその店名にふさわしくさまざまなローカルなサウンドが介在したサウンドが多い。

店主の箕輪弦太は、もともと故・飯島直樹のレコードショップ、下北沢時代の〈Disc Shop Zero〉にてレコード店員をスタートさせ、2011年にこの〈GLOCAL RECORDS〉をオープンさせた。現在では同名のレーベルも運営し、最近では関西のエレクトロニック・ダブの雄、AKIO NAGASEと沖縄民謡の歌手、稲嶺幸乃とのコラボLP、またGEZAN、マヒトゥ・ザ・ピーポーが初監督を務めた映画『i ai(アイアイ)』のテーマ曲、その12インチ・カット(COMPUMAによるリミックスを収録)をリリースするなど、マイペースながらオリジナリティ溢れる作品をリリースしている。

その品揃えにしろ、上記のようなレーベル・リリースからして、自身のルーツとも言えるクラブ・ミュージック、いわばDJカルチャーによって自由に交雑する音楽の交点のおもしろさといった趣がある。どこかそれは〈Disc Shop Zero〉の往年のセレクションや中古コーナーを知るものにとっては懐かしく、新たに出会う人々にとっては新たな刺激となるではないだろう──もちろん〈GLOCAL RECORDS〉の「色」はまた違ってはいるがその下で息づくものはたしかにある。

インタビュアー:河村祐介 / 写真:西村満

はじまり

〈GLOCAL RECORDS〉と言えば、クラブ・ミュージック、特に2000年代くらいまでの12インチの中古がメインという感じはあるのですが、もちろんニューウェイヴなんかもあったりで幅広い。基本的には店主の弦太さんの趣向が強いお店という感じがするのですが、そもそもクラブ・ミュージックに出会ったきっかけはどういったものだったのでしょうか?

G.Minowa入り口はパンクやニューウェイヴもあったけど、UKのインディー・ロックがあって、その後に、1993年頃かな、マッシヴ・アタックやポーティスヘッドとかブレイクビーツとかに興味を持ち始めて。当時、江古田にあった〈Disc Shop Zero(注1)〉に通いはじめてという。 注1:以降〈Zero〉と表記

いきなり〈Zero〉がそういったサウンドにのめりこむきっかけという感じだったんですね。僕は下北時代から行っていたのですが、比較的、ダブステップ以前は中古盤とかも多くて、現在の〈GLOCAL RECORDS〉の中古のエッセンスとかはたしかに共通のものがありますよね。

G.Minowaちょうど〈Zero〉に通いはじめた1994年から95年にかけて、イギリスからジャングルが日本に入ってきた時期とも重なっていて。当時、ジャングルのパーティも結構行ってて。一方でトリップ・ホップとかビッグ・ビートとかも新しいジャンルとして同時進行で出てきた頃で、それを追いかけてという。それが〈Zero〉に通い出した頃。

そういえばその後、自身のレーベルである〈Rudiments〉から出すKINKAさんとか、Moochyさんとかは地元のつながりというのをたしか前にきいたことがあるんですが、そのあたりの影響とかは?

G.MinowaKINKAさんは当時はまだそこまで深くは繋がっていなくて、もう少しあとかな。Moochyは小学校の同級生だったんで、もうすでにジャングルのパーティで活躍してたから、当時の彼からの影響はかなり大きいと思う。彼が出ている〈Rhythm Freaks〉みたいな現場にはしょっちゅう通ってたし。

〈Zero〉は江古田時代は、たしかもともと別の方が経営していたお店が元になって、その後、飯島さんが引き継いでという感じだと聞いたのですが。

G.Minowa通い始めた頃には、ほぼ飯島さんのお店になってたかな。オーナーさんがいたのかもしれないけど、お店的には飯島さんが仕切ってた。当時の品揃えとしては、新譜はいわゆるブレイクビーツものが多くて、あとはブリストル産のドラムンベースが多かったかな。〈Zero〉はその後、ブリストルのイメージが強くなるけど、当時はルーツとなるようなソウルとかファンクとかジャズの中古も扱ってたから、そういうのも並行して買ってて。

〈Zero〉のスタッフになったきっかけは?

G.Minowa24歳くらいの頃、まだ店が江古田にあった時期に、飯島さんから「うちで働かないか?」と声をかけられたことがあって。でも、当時は普通に就職して働いていたので、飯島さんに「ごめんなさい」と断ってしまって。でも結局、その仕事はその後に辞めて(笑)。次の仕事を探してたんですが、なかなか見つからなくて。「どうしようかな」とか思ってたら、また飯島さんが「じゃあ、うちで週に1日か2日、とりあえずバイトから始めてみない?」と誘ってくれたんです。それが2000年頃かな、僕が28歳の時だったと思う。下北沢になってから。その前の僕が一度断った頃にスタッフとして入ったのが、後に一緒に働くことになるマキちゃん。

飯島さんと働いていて印象的なことはなにかありますか?

G.Minowa印象的だったのは、仕入れの姿勢かな。普通のレコ屋はディストリビューターから新譜を入荷するのがメインだと思うんだけど、飯島さんは気になるレーベルがあれば、直接海外のレーベルやアーティストにコンタクトを取って、「在庫があるカタログを全部送ってくれ」と頼むというやり方で。例えば〈Dubhead〉なんかは、レーベル丸ごと在庫のある全カタログが店に揃っているみたいな。そんなレコ屋は他になかったんじゃないかな。

たしかに他でみないバックカタログが買える店って感じはありましたね。

G.Minowaそういうところでできた独自のブリストル・コネクションもあるし、繋がりのないところも自分から連絡して関係を作ってというところでやってたんだと思う。

Rudimentsの設立

〈Zero〉から〈GLOCAL RECORDS〉に受け継がれているものってなんだと思いますか?

G.Minowaやっぱり自分が影響を受けたのはお客として通ってた江古田時代と、関わるようになった下北沢の初期で。中古とかに関して、世の中の価値というよりも自分で価値を付けるというのが大事だというのはいまでも影響を受けていると思う。ちゃんとクリーニングして、コメントを書いて、ちゃんと付加価値をつけるというか。それがちゃんと全てできているわけではないけど、そういう意識は常にありますね。

飯島さんとDJユニットみたいなのもやってましたね。

G.MinowaIN FULL EFFECT! やってたやってた。飯島さんがビートを出して、僕がターンテーブル2台を使って、上音を重ねていく感じ。シンセの音とか、ガムラン、シタール、声ネタみたいなワールド系の音源とかを上にかぶせたりしてて。

〈Zero〉と言えば、いまでも〈BS0〉とかで活動しているOsam Greengiantさんとか、さっきちょっと出たマキさんとかもDJをやっていて、イベントの〈(0)117〉やってたりとか、なんというかポッセ感というかはたから見ていてそういうのがあったかも。アットホームというか。

G.Minowaそう言われてみればそうだね(笑)。

当時は〈Zero〉と並行して別の仕事も?

G.Minowaいや、そこでレーベル〈Rudiments〉をはじめて。〈Zero〉のスタッフと自分のレーベル、このふたつでどうにかやっていけるだろうと。その頃に結婚もしたんですが、貯金なんて全然ないのに(笑)。でも、根拠のない自信だけはあって、「絶対にうまくいく」って(笑)。飯島さんもレーベル〈Angel's Egg〉をやってたから、流通とかリリース・インフォの作り方とか教えてもらって。それは直接というよりかは、やっていることを見ながら憶えるという。

ご自身のレーベル〈Rudiments〉は立ち上げ当初どうだったんですか?

G.Minowa2002~2003年頃、実は最初、ミックステープのレーベルをやろうと考えてて。当時はDJがテープを出して、それが流通するという文化があったギリギリ最後の頃という感じで。第一弾としてはレゲエのコンピみたいなミックステープを出して、そこできっかけを作ろうという感じで。レゲエ好きってそれなりの数もいるし、その人たちにまずはレーベルを印象付けようと思って。そういうシリーズとして、好きなDJたちのミックスを出せるようになればいいなと。

まだテープの市場がありましたね。

G.Minowaそう、ちょうどその後くらいからCDになってという時期。第一弾のセレクトをお願いしたのは、当時はDJで、今は大岡山で〈LOWW〉というギャラリーをやっている濱崎(幸友)。彼は〈mAtter〉という音響系のレーベルも主宰していて。レゲエも詳しい人だからお願いしたらサクッと作ってくれて。それであとは空のテープを買ってきて、〈Zero〉でバイトをしながら一本ずつダビングするんです。飯島さんも「いいよ、やりなよ」と許可してくれて。ジャケットも一本ずつ手作業でセットして。最初はワン・タイトル、30本も売れればいいかな……なんて思ってたら、出してみたら結構売れて(笑)。当時、DMRなんかが大量に扱ってくれて。ミックステープ最後の全盛期っていう感じだったから。逆にミックスCDの時代になってからは、ミックスものはやめて、アーティストのオリジナル作品を出すレーベルにしたいなと。

あとはニューヨーク人脈とかもありましたよね。

G.Minowa〈Rudiments〉でも出した、ニューヨーク在住の日本人の3人組のダブ・ユニット、Chimp Beamsをやっていたマリヒトさんて人と繋がったのが大きくて。マリヒトさんを通じて、僕が好きだった〈Codek〉とか、DJニコデマスがやってた〈Wonderwheel〉、〈Bastard Jazz〉といったレーベルの音源をライセンスさせてもらえるようになって。レーベルの音源をライセンスして、レーベル音源だけで日本のDJにミックスしてもらうみたいな企画を結構やっていて。KIYOくんとかKENSEIさんにお願いして、ブラストヘッドに〈Codek〉の音源でやってもらったりとか。

ちょうど僕も『remix』の編集でやりとりしてレヴュー書いたりしてましたね(笑)。

G.Minowaそうそう。

ちなみに〈Zero〉でのバイヤーは?

G.Minowaそこは比較的、飯島さんで、仕入れたもののコメントと、あとは後半は当時ワールド・ミュージックもおもしろいと思えるようになってきた時期でそのあたりぐらいかな。

あ、DJのShhhhhがちょうどワールド・ミュージックの配給会社〈アオラ〉で働いてた頃ですよね。

G.Minowaそうそう、そういうのは少し仕入れたりしてたかな。

そうだ、〈Rudiments〉かはら2010年のデジタル・クンビアのレーベル〈ZZK〉のCDをムードマンのミックスとShhhhhのセレクトの2CDで出した時期ですよね。

G.Minowaそう、その少し後って感じだよね。

2000年代は〈Zero〉の店員でありながら、メインはレーベル運営ってことですよね?

G.Minowaそうですね。